2月3日、浅茂川地区の伝統行事
節分太鼓がありました。今日はそのことを!!
節分太鼓は、数え年の36歳が
神社に奉納してある太鼓で、42歳61歳の
家を周り、厄を払うと言う行事です。
詳しくは前回のブログをご覧ください。↓↓↓
「一生一度の伝統行事!」
ちなみに、同年には名前を付けます。
ほとんどの場合、同年の干支で付けます。
一昨年は「辰巳(たつみ)会」昨年は「巳午(みま)会」
今年の我々はの干支、午未は「ごみ」と読めます。
53年と54年生まれなので下一桁を足して「七」。
七と午未で「なごみ会」と名前を付けました(^_^)
3日の日が本番(厄年のお家を回る日)ですが、2日の日にも、
朝の8時からスタートして、最終が夜の9時まで、
保育所や魚屋さん、旅館、漁港、にも叩いて回りました。
実は、11月より週3日、太鼓の練習を同年7人でやってきたのですが、
仕事の関係もあり、練習量にはバラつきが出ます。
毎回と言っていい程、練習をしていた一人が、
前日にインフルエンザでダウン。かなり戸惑いましたが、
メンバー6人でやるしかありません!!!
保育所では太鼓の後に、鬼のお面をかぶって
園児たちに豆まきをしてもらったのですが、
お面が怖すぎるので、鳴き声と言うより
悲鳴が、おゆうぎ室に響いていました^_^;
2日の終了時点では、想像していたよりへっちゃらでした!
そんな事を思っているのも2日まででしたが・・・・。
3日の当日、午前6時、お酒を持ってお宮へ上がりお参りを済ませ、
そのお酒で乾杯し、7時より太鼓スタートです!!
お陰様で天候に恵まれたのが何よりでした、
午前中のうちに絶対回らないといけない、
厄年のお家を必死で回ります。
私たち同年は太鼓を叩きますが、車の運転や
太鼓を担いでくれたりするのは一つ下や二つ下の
後輩が頑張って手伝ってくれました(^^)
ご不在のお宅もありまあしたが、
何とか午前中に、厄年のお家を回ることができました。
私のバチではないですが、「滑り止め!」
などと言い、バチを削っていた
友達のバチが割れました・・・。
罰(バチ)当たりな・・・。(笑ってください)
予備のバチがあるからよかったです(―_―)!!
午後からは商売をしている所を中心に、太鼓を教えていただいた、
先輩のお家やなど回ります。中には「叩いて~~!」と手招き
される事もよくあり、節分太鼓を待っておられる方が、
大勢いらっしゃる事を改めて感じました。
日も傾きかけた頃には、腕もだるくなり、
掛け声を掛けるので、喉も枯れだしました。
手の皮がめくれかけたので、テーピングで補強しましたが、
気が付けば中指に血豆が出来ていました。
回らないといけない所もまだまだ残っておりますし、
節分太鼓のバチを握れるのは36の我々だけです!
ここからがのラストスパートは、42歳、61歳、
それぞれ夜10時より祈祷を受けるため、宴会を開いています。
それぞれの所に、鼓を2台持って入り、
6人みんなで決め打ちをし、厄払いです!
そのあと、スタートした区民館に戻った時は、
一つ上や二つ上、太鼓を教えていただいた方々、をはじめ、
30名くらいの方が拍手で迎えてくれました。
最後は太鼓を叩ける先輩など、みんなで太鼓を叩き、
節分太鼓のフィナーレです。
当館で太鼓を叩いた時の様子を
UPしました!!!
2013年「節分太鼓」万助楼にて!
私が大バチ、幼馴染が小バチで自動車の整備!。
声をかけてくれているのは学校の先生!
それぞれの所で頑張っている同年と力を合わせて
頑張れる喜びは、伝統行事のおかげですね(^^)
京丹後市のケーブルテレビも一日中太鼓に付いて
撮影されていたので、たのしみです(^^)
日本の伝統文化など、少しづつなくなっている中、
地域の伝統を受け継ぎ、また年下に教えていく
大切さ、喜びを感じ、また一つ生まれ育った町が
好きになりました(^_^)
丹後旅の宿 万助楼
ホームページ
https://www.mansukero.com/
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