京都丹後・網野の竜宮城 丹後旅の宿 万助楼

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若大将ブログ!「丹後は魅力の玉手箱」

100年の時を越えて

2023.11.20 日記 

当館は明治40年の7月に漁師だった大町乙松が取った魚を振舞う飲食店を始めました。
目の前の浅茂川漁港は網野町で一番大きな漁港で城崎や間人などを結ぶ連絡船の
発着場所であったため今で言う駅前だったため宿泊業を始めました。

創業当時、乙松が石垣を作り、二代目の武三郎が大きく積み上げたと聞いております。
海の前に建つ為、北からの風は直撃し逆巻く潮風がただただ激しく叩きつけ
石垣は激しい経年劣化をおこしております。。。。

この度100年を超える石垣の修復をいたしました。
この地は砂地なので石垣の裏側も砂地だという事は容易にわかりますし、
石垣の隙間から中を除くと奥に砂らしきものが見えます。
修復の方法として、石垣の積みなおしは不可能に近いですし、
石垣の外側に板を打ち込みコンクリートを流し込む案もありましたが、
この石垣を残したく思い悩んでいたところモルダム工法という施工方法と
出会いました。モルダム工法とは石垣の隙間からモルダムという特殊な
硬化剤を注入し石垣を一枚板にしてしまう強固な施工で震災で被害にあった
熊本城の修復に採用されている特許を取得した特殊工法です。

10月10日より工事が始まりました。
石垣の間の目地はボロボロです。

石垣の繋いでいるコンクリートをはずしていくと、、、、。。

間がごそごそ。。。

一定間隔で水抜きの部材を突っ込みモルダムを注入していきます。

一番上の丸い石は海の石を拾ってきたと聞いております。

玄関下の看板裏の大きな石は海の中の石を積み上げたと聞いております。

昭和2年に丹後大震災という阪神淡路大震災と同じ規模の地震があり

マグニチュード7ほどの大地震にも耐えた石垣も衰えておりましたが
施工業者様のお力によって今までより頑丈になり復活を遂げました!!

これで一安心。
怒涛によって逆巻く潮風にも、針のように突き刺さるアラレにも、
後150年以上は耐えてくれます。

乙松さんも武三郎さんも喜んでくれてるかな~~。

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